神聖な御嶽のパワーを解放感のある東屋で感じられる【あんぐん公園】

石垣島にはたくさんの御嶽があります。
ただし、一般の方には神聖な場所で中には入れませんし、近寄りがたい場所でもあります。

あんぐん公園は、安居御嶽の前に新設された公園でありますので比較的に入りやすく、神聖な御嶽のパワーを感じながら解放感のある東屋でゆっくりすることができる場所です。

御嶽の中には入らないようにしましょう

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あんぐん公園へのアクセス

あんぐん公園へのアクセスは、石垣島から八重山諸島へのフェリーの発着場所になる石垣港離島ターミナルから車での所要時間は約10分になります。

沖縄県立八重山商工高等学校の北東側に位置しております。

あんぐん公園

 

あんぐん公園

あんぐん公園は、真栄里地区の豊年祭会場になります安居御嶽(あんぐんおん)の前に2020年に新しく整備された公園になります。

住宅街の中にありながら、御嶽と芝生と東屋の赤瓦が栄える解放感のある公園です。

安居御嶽に祀られている安居大主がその昔に弓の稽古場に使っていた場所と言われています。

 

御嶽には入らない
石垣島・八重山地区にある御嶽は、地域の方々が大切に守っている神聖な場所になります。
御嶽の聖域には入らないように注意しましょう。

 

あんぐん公園

安居御嶽
安居御嶽(アングンオン)は真栄里村の西方にある御嶽で、安居大主(アングンウフススウ)を祀ってある御嶽である。

黒島の東筋村に住んでいた大和人の安居大主は、黒島の小村には住めないと部下達と共に石垣島へ移住して、大本岳のナナンガーラの近くで生活して部下達に武術を教えていた。
その後、名蔵のムトゥジという所に来て農業生活を営み、海産物を得たりして生活していた。
それから地城原に来て地城御嶽内にナナリュウグウ、大和、唐へのとぅうす(遙拝所)を建てた。
その後、真栄里海岸のサクラングチの見張りのため真栄里村に来て、安居御嶽の神司の十八代前の浜端家(ハマバタヤー)の姥(アッパー)を妻にして生活していた。

安居大主は、弓の名手で弓を弾いて鳥を撃ったりして生活していたが、自分が死んだらここに葬ってくれと遺言した。それで大主はの死後彼の弓の稽古場跡に葬って創建されたのが安居御嶽である。

安居御嶽のウブを1971年に改修したが、その時までこの御嶽のウブは石垣を積みめぐらしてあり、その上にカサ石で蓋をしてあった。その中を見たら骨はなかったと言う。
安居御嶽の東方、往古の真栄里村の村番所跡の北東側に大岩がありその石を坊主墓(ボウズバカ)と呼んでいる。「安居御嶽と坊主墓とは一緒だよ」とこの御嶽の神司の叔父は現神司安富キク氏に語っていたと言う。
安居大主は坊主であったと言われており、坊主墓に葬られているのが安居大主の骨であろうと言う。
坊主墓と安居御嶽が深い関係があるという証拠に、安居御嶽の神司は毎年一度清明祭の時に供物を供えて坊主墓を拝んでいたという。

出典『真栄里公民館のあゆみ』真栄里公民館発行 1984年

 

このお嶽の名称は、真栄里村出身の故神田精輝先生が、村の古文書を調査して、「安居嶽」の篤額を奉納されたことによるという。
但しこの篤額は、戦後の昭和49年6月22日、大川の大浜栄三翁寄贈、平得竹盛生吉郎氏揮豪の、現在の篤額「安居嶽」によって改められた。

出典『八重山のお嶽』 牧野 清 著 1990年

 

 

あんぐん公園

豊年祭の際には、真栄里公民館・中学校・小学校の旗頭が並び、地区の方々が奉納踊りをされるとても神聖な場所です。

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あんぐん公園施設

 

あんぐん公園

公園には、新しく東屋が新設されて日陰のベンチでゆっくりするのにとても気持ち良い場所です。

 

あんぐん公園

トイレも新しく新設されて綺麗で利用しやすいです。

 

あんぐん公園

多目的トイレの設置されており、オムツ交換台もあり小さな子どもがいても利用しやすいです。

まとめ

あんぐん公園は、真栄里地区の神聖な御嶽の前に新しく整備された公園です。

新しく東屋が新設されて日陰のベンチで、歴史を感じながらゆっくりするのにとても気持ち良い場所です。

 

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